月刊エッセイ 6/17/2002
■ 遊びに来いや、千葉県さ
ワールドカップ、観ていて疲れますねえ。サッカー観戦が、こんなにも疲れるとは思わなかった。息を詰めているから、血圧も上がるはずだし、体にも良くない。日本戦が終わったあとは、ぐったりしております。テレビ局は「健康のため、見過ぎに注意しましょう」と、ひとこと断り書きを入れるべきではないでしょうか。で、こみ入った話を書く気分にもなっておりませんので、今月はアホ話にいたします。
私、千葉県の山武町というところで生まれ、高校卒業まで東金市で育ち、現在は県西北部の我孫子市に住んでおります。この間、20代30代は東京で過ごしましたが、計算してみると、幸か不幸か30年近くを千葉県で暮らしているんですね。「幸か不幸か」の意味のうち「不幸か」のほうは、我が千葉県、あまりイメージがよろしくないんです。東京に住んでいた頃、千葉県出身だと言うと、「千葉の女が乳しぼり」なんて訳のわからないことを言われたり、「金権千葉だね」「美味いのはイワシくらいか」などなど侮蔑を含んだ言葉が飛んできたりしたものです。
しかし、それらは、まったく的外れでないことが、千葉県育ちとしては辛いんですな。選挙となれば現金が乱れ飛んでいたし(じつは、前回の県議選で、私の小学校時代の同級生や親類が逮捕されちゃったんです)、とくに今問題になっているのは、交通事故死者全国ワースト1を毎年争っているということです。怖いよ、県内を運転するのは。狭い道を大型トラックがどーんと飛ばしてくるし、信号の変わり目でも突っ込んでくるし、おまけに道路案内の標識が場当たり的だから、知らない道を走ると、すぐに迷う。
うーん、書いていると、どんどん悪い面ばかりが出てくるな。しかし、悪い面もあれば、良い面もあるのが世の常であります。そこで、千葉県の真実というやつを「作家流」に解析してみたいと思います。
「作家流」というのは、言葉を使う商売ですから、言葉の使われ方で県民性を探ってみようというわけです。
何年か前、カミさんの友人が拙宅に遊びに来ました。皆で近くの公園に行き、そこで犬を連れたおばさんに出会ったんですね。おばさんは愛犬に向かって、けっこう強い調子で言葉をかけます。
「早く来い、こら」「なに変なもん、拾い食いしてんだよ」「さっさと歩け」
やりとりを見聞きしていたカミさんの友人が、驚いたように言いました。
「ねえ、あの犬、虐待を受けてるんじゃないだろうか」
西日本の出身で、東京の生活が長かった彼女には、かなりショックだったようです。でも、こういうのって、千葉県では珍しくありません。虐待でもなんでもなく、普通のコミュニケーションなのです。それが証拠に、犬は尻尾を振りながら、おばさんのあとをついて行ってました。
言葉づかいが荒っぽしいのは、要は、話し手が余計なことを考えずに、自分の意志をストレートに伝えようとしているからなんですね。そう、ストレートな人間が、我が千葉県にはじつに多い。
県西部で手広く商売をしているある大手葬儀社の電話番号は、どこの支店も共通の(44)4444であります。人が死んだんだから、葬儀屋に頼む。だったら、4で統一したほうがわかりやすいだろうとは、まったくもってストレートな発想です。遺族がどんな思いでいるだろうなんて気配りは、ぜーんぜんない(たぶん)。
そういえば、この前、車で走っていたら、葬儀場の真ん前に「地獄ラーメン」という名のラーメン屋さんがありました。どうやら、激辛ラーメンを売り物にしているらしい。葬儀の後、参列者がこの店に入ったら、次のような会話が交わされるのでしょうか。
客「うえっ、辛い。おやじ、こんな辛いラーメン、食えねえよ」
主人「なに言ってんだ。このくらい食えなくて、どうする。亡くなられた方はなあ、地獄に行って、もっと苦しい目にあってるんだぞ」
客「そうか、源さん、今ごろは、この唐辛子ラーメンみてえな血の池地獄にはまりこんで、もがいてるんだなあ。う、ううっ……」
以前、住んでいた船橋市の近辺には「ちゃぼ」「雷門美容室」という美容院がありました。きっと、以前は農家やってて、ちゃぼを飼っていたり、実家が雷門のそばにあったりしたから、ストレートにそんな名前をつけたんでしょうね。都内の「アクア」とか「イエス・ジョージ」といった店の名とは、大変な違いだな。店のイメージってもんを、考えてるんだろうか?
女性の方々に、どちらの店に行きたいのか、アンケートを取ったところ、「どこらも行きたくないけど、どうしてもというんなら、雷門のほう」という答が多かったような気がします。きっと、チリチリのパーマネントなら、上手いのかもしれませんね。でも、「ちゃぼ」のほうだって、イングランドのベッカムみたいな「とさか頭」なら、得意かもしれませんよ。
ネーミングに下の人間がどんなに知恵を絞っても、トップが生粋の千葉県人だったら、結局はお定まりの場所に行ってしまうという実例もあります。30年以上も前になるでしょうか、当時、私の父は地元の牛乳会社に勤めておりました。その会社でジュースの新製品を発売することになり、名称を社員から募集したんだそうです。ところが、ワンマン社長、どの名前も気に入らず、机を叩くと、
「ええい、どれもだめだ。うーん、そうだ、ジュスターにしよう」
と、その場で思い浮かんだ名称をつけてしまったといいます。当時は、遊園地のジェットコースターが大人気。だったら、ジュースとくっつけて、ジュスターにしてしまえ、と。わかりやすいですね。で、このジュスター、千葉県ローカルでは、けっこうな人気商品になったんだとか。
自分がつけたい名前を断固つけるんだという強い意志が、さらにエスカレートすると、読まされたほうとしては、なんでこんな名称になったのか、見当もつかないといった例も出てきます。「菜の花なっちゃん動物病院船橋分院」というのがありますが、なぜに「菜の花なっちゃん」になったのでしょうか? 想像をたくましくすれば、先生が女医さんで、奈津子とかいう名前で、小さい頃、菜の花なっちゃんと呼ばれていた? うーん……。
でも、受付の方は大変ですね。電話のたびに「はい、菜の花なっちゃん動物病院船橋分院です」と言わなきゃならない。そのうち面倒くさくなってきて「菜の花なっちゃん動物病院です」から「菜の花なっちゃんです」」になってきて、「なっちゃんです」となれば、これは獣医さんというより、スナックかなにか。
そうそう、スナックといえば、以前住んでいた近くに「誘われて美砂の部屋」という看板の出ている店がありました。いいですね、美砂さんに誘われて、部屋に行って、それからそれから、フフフ……何度、店のドアを開けようとしたかわかりませんが、作家的冷静さが多少は残っていましたので、寸前で思いとどまりました。店に行っていたら、こんなことになったでしょう。
私「あれ、美砂さんというのは、どちら?」
ママ「おれが美砂だよ」
私「で、でも、そんなオバさんだとは……」
ママ「悪いか」
私「いえいえ。でも、だったら、僕は何に誘われたんだろう」
他の客「きっと、看板にだっぺ」
子供の育て方だって、シンプルでストレートなものです。私が少年時代を過ごした地方には、こんな数え歌がありました。
♪♪1郎や〜、2げるなよ〜〜、3ざん悪いこと4やがって〜、5じょっぱりの6でなし、7がい棒で8つけろ、9せになるから、10ちめろ・♪
なにも、これはマリナーズのライバル球団がイチロー対策で作った歌ではありません。悪いことをしてばかりいる一郎くんを放っておけば、ためにならない。長い棒を使って懲らしめてやろうという内容なんです。
これを聞いて、児童虐待が行われているとお思いのあなた。違うんですよ、子供は厳しく育ててこそ、立派な大人になるというわけです。そのせいかどうかはわかりませんが、私も小中学生時代、よく先生に殴られたものです。立派な教育でしょう−−いや、そうでもないか。冷静に見てみると、この歌も、ちょっと怖いしねえ。
ここまで読んでくれば、千葉県民の特性がどんなものか、ある程度は想像がついてくるでしょう。そうです。自分の考えていることを、そのまま口に出したり、そのまま行動に移したりするのが、千葉県民なんです。
選挙の時、お金をばらまくのも、ただで投票を頼んでは悪いという気持からなのです。人間の自然な感情ですよね。狭い道を大型車がぶっ飛ばすのも、運転者が(俺は飛ばしたいんだよ)と思い、それを素直に行動に移しているだけのことなのです。思っているとおりに行動するんだから、精神衛生にはすごく良いんでしょうね。
日本には、「ぶぶ漬けでも食べていきなはれ」と食事を勧められ、そのとおりにすると、あとで「あの人、礼儀を知らんな」と蔑まれるような、昔、都があったというだけで、夏はくそ暑いだけの、そうそう、とりすまして嫌味な街もあるそうですが、千葉県は違います。「昼飯、食ってけ」と言われれば、食べていきゃいいんです。簡単ですよね。
実際、言葉は悪いが、親切な人が多いんです。
先日、老父母を車に乗せて、九十九里で開かれたポピー祭とかいうのに行ってきました。畑一面にアイスランド・ポピーが花を咲かせているのですが、そのそばに建っている小屋では大声が飛び交い、まさに喧嘩でも始まりそうな勢いです。驚いて係の人に聞いてみると、花を売って得た収益を来年のポピー祭の基金にするか、地域の福祉施設に寄付するか、関係者が議論しているところだというのです。喧嘩どころか、建設的な話合いだったんですね。そして、その係員、
「どうせ、あと2、3日で、全部を掘り起こして、元の畑に戻してしまうんだから、好きなだけ、花、持ってきな」
と言い、はさみまで貸してくれたのです。おかげで、私たちは50本以上のポピーを無料でもらい受け、ほくほく顔で帰宅の途に就いたのであります。
どうです。ここまで読んで、案外、千葉県って良いところじゃないかと思ったでしょ。捨てたもんじゃない、一度、行ってみたいと思ったでしょ。ぜひ、来てください。ただし、強情ぱりでろくでなしの子供は連れてこないでくださいね。なにしろ、長い棒でやっつけられ、癖になるからと、とっちめられますので。




